08”10.13.![]() 今回は、京都北山・廃村八丁へ行ってきました ![]() 廃村八丁は、京都北山の奥に位置し周囲を800m前後の険しい山 に囲まれた所![]() 1879年に村の境界が決定するまで600年もの間、権益争いを続けた土地だとか、、、 1901年(明治34年)には分教場も設けられ、児童数名に一人の先生が住み込みでいた ![]() 1933年(昭和8年)から翌年にかけての冬に、3mを越える豪雪に見舞われ陸の孤島となり 悲惨きわまる被害が出たので やむなく住人全員が村をあとにした![]() 遂に1936年(昭和11年)に廃村となった ![]() 登山ルートは、一般的には京都バスの広河原行きで”菅原バス停”から入り ダンノ峠、もしくは衣懸坂を越えて行く ![]() このコースは何度も通ってるので今回は、小塩の東谷から卒塔婆峠を越えることに 東谷登山口 8:30 すぐに急な登り ![]() ここを過ぎると広くて歩き易い道になるジグザグに とやがて卒塔婆峠 9:10以前は展望のない峠だったが、南側の木々が伐採されて桟敷ケ岳方面がよく見える ![]() 左の斜面を登ってソトバ山へ向かう、途中に林道が登山道を分断している 踏み跡を確認しながら、小高い丘を越えるとソトバ山 9:30 きた道を引き返し卒塔婆峠 9:50 廃村八丁へ下る またしても林道が道を分断している![]() 登山者が少なくなったせいか、、、道が荒れている 木の橋も落ちそう ![]() 平坦な道になり川沿いに暫くいくと、村民の墓があり枯れた花がお参りの跡を残している ![]() やがて広場に出る、かつての分教場跡で森林パトロールの小屋があったが 誰かが、生活している様子 ここから橋を渡り、あっ 橋がない 年月が橋をも壊したいた![]() 今も残るのは、石垣と道路跡そして八幡様の鳥居 以前、土蔵が残っていて壁には富士山や銀座の絵が描かれていたが現在は跡形もなく看板が立っている。 八丁 10:35 ![]() 初めてこの地を訪れたのは、かれこれ30年も前のこと 以後15,6回は来ているが、益々荒廃がひどくなってきている ![]() 余韻に浸って下山 することに、、、きた道を引き返す、八丁 12:30 途中に2組30名ぐらいのグループとでくわした ![]() 東谷登山口 13:45 14,131歩の ちょこっと山歩き ![]() 人気ブログランキングへ |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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廃村八丁へは、25年程前の高校山岳部の山行で行った事があります。あの頃は、土蔵の絵も健在でした。 |
まーちゃん 2008/11/22 18:42 |
まーちゃん、こんにちは! |
山ちゃん 2008/11/23 15:35 |
それにしても、凄い行動力ですね。 |
まーちゃん 2008/11/23 17:45 |
まーちゃん、 |
山ちゃん 2008/11/24 08:26 |
京都へ帰っても時間がないのとろくな山装備までは持ってきてないので、いつも六甲か西山あたりを歩いてます。 |
まーちゃん 2008/11/24 13:57 |
まーちゃん、 |
山ちゃん 2008/11/24 15:33 |
山ちゃん |
まーちゃん 2008/11/26 14:35 |
まーちゃん! |
山ちゃん 2008/11/27 06:24 |
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